オンライン読書会 太宰治「黄金風景」「葉桜と魔笛」レビュー

10月24日のオンライン読書会は、太宰治「黄金風景」「葉桜と魔笛」を扱いました。

どの本で読んだか、どこで出会ったか

さて本篇に入る前に、いつものように、皆さんがどの出版社の本で読んでくださったのか、お訊きしました。
青空文庫では、「黄金風景」が新潮文庫、「葉桜と魔笛」は筑摩書房の太宰治全集から入力されています。
みなさんがお手元にご用意くださったのは、新潮文庫、青い鳥文庫(編集は作家の西加奈子)。私は集英社から出ている文庫本で、このうち注釈がついているのは集英社文庫だけだったようです。

太宰は今も若い世代に読み継がれているとはいえ、昔の作家ですから、注で詳細を確認できるかどうかで、作品のイメージが変わってくるかもしれません。

集英社文庫『走れメロス』
集英社文庫版のカバー絵を描いたのは誰でしょう? 許斐剛(このみ・たけし)、『テニスの王子様』の作者ですね。出版元が同じ集英社だからか?

次に、みなさんの最初の太宰体験をお訊きすると、やはり教科書に載っていた「走れメロス」が入口となっていたようです。
これは私も同じ。中学校で読みました。やはり十代で出会う(出会わされる)文学なんですね。高校では夏休みの宿題で、今回読んだ脂の乗りのいい中期の作品よりもシブい、晩年の短篇集を読んだ記憶があります。

太宰治「黄金風景」

「黄金風景」の本文はこちら

この作品から受け取るつらさは、地元に戻った時に友人と会って近況報告をした時にも似たつらさだという表現には、思わず膝を打ちました。
また、語り手が感じている気まずさや、結末部で複数の感情がどっと押し寄せてくる部分の印象の強さを語る方も。

本文をよく読むと、この語り手、家を追われて千葉県船橋に転がり込んだことがわかります。
家を追われた理由は書かれておらず、色々と想像の余地がありますね。
太宰の生家のように大きな家から勘当されたのか、それとも妻に放り出されたのか?
理由は何にしろ、家族を失った男が、家族への憧れを抱くことになる風景が「黄金風景」なのでは、という声もあれば、諦めのつく風景こそが「黄金風景」なのかも、という見方も。

また、面白かったのは、本作の登場人物を、いかに俳優でキャスティングするかを考える、というご意見でした。
そういえば、これは江戸川乱歩「D坂の殺人事件」でも出た話題。
この方は「黄金風景」を、高橋一生・木村多江・アンジャッシュ児嶋の3人でイメージしたそうで、
お慶に会いたくない主人公の気持ちを全く読み取れずに会わせてしまうあたりに、まさしくお笑いコンビ・アンジャッシュの作風そのままな感じがあります。

太宰治「葉桜と魔笛」

「葉桜と魔笛」の本文はこちら

まず挙がった疑問は、「なぜ口笛が魔笛なのか」ということ。
魔笛、と聞くと、どうしてもモーツァルトの歌劇『魔笛』が思い浮かびますよね。
でも本文では魔笛という単語は使われていません。
誰が発したのかわからない口笛、という不思議さが「魔」の一字を導いたのでしょうか。

本作については、
・(姉妹の会話を聞いていたのかもしれない)父親が妹を問い詰めなかったところが良い。
・キャラ設定が見事。
・手紙は妹の死後にも残るものだから、最終的には人に見せたかったのだろうが、自分から姉にばらしてしまったのはなぜか?
・そもそも、手紙は本当に妹の自作自演だったのか? =恋人M・Tは実在するが、その存在を隠すために自作自演だと言ったのでは?

と、これも、言われてみれば確かに! と思ってしまう読み方を多数教えていただきました。
特に、手紙が本当に自作自演だったのかどうか、という疑問は、抱いてしまった瞬間、作品の印象が変わってしまいかねないほどの読み方。
こういう、<細部への着目が全体へ影響を与える>という、劇的な刷新が読者に起こるのが、フィクションの面白いところです。

では、本作のキャスティングは?
「上白石萌音・上白石萌歌」。
ああ、そうだ、この姉妹がいた……というだけでなく、作中の姉妹は2歳違いですが、なんと、上白石姉妹も2歳差!
病気の妹を演じるには萌歌は健康的すぎるかもしれませんが、これが映像化されたら絶対観ますよ。

最後に、「葉桜と魔笛」の作中時間がいつの時代なのか、確認しました。
対馬沖の海戦であった、東郷平八郎とバルチック艦隊の戦いの砲弾の音が聞こえた、という描写から、日露戦争のクライマックス、1905年であることがわかります。

本作が書かれたのは1939年
本作は回想の形式をとる小説であり、姉妹の会話がなされた1905年時点で姉は20歳、そこから35年の月日が流れているという記述があるので、姉は現在55歳ですね。
この姉を、第一行目にだけ登場する語り手は「老夫人」と称しているのですが、これは現代にはそぐわない表現でしょう。55歳じゃ、まだまだ「お姉さん」です。
24で遅くに結婚した、という本人の説明もあることから、執筆当時と現在の間の文化的な差が浮き彫りになります。

今回も盛り上がりましたね……!
そろそろオフラインでも開催しようかと思っていますが、オンラインだからこそ参加できる遠方の方々もいらっしゃるので、オンライン読書会は今後も続けてまいります。
リクエストも募集中ですので、Twitter、または
info@suiseibookclub.com
までお寄せくださいませ。

EDITED BY

森大那

1993年東京都出身。作家・デザイナー。早稲田大学文化構想学部文藝ジャーナリズム論系卒業。2016年に文芸誌『新奇蹟』を創刊、2019年まで全11巻に小説・詩・批評を執筆。2018年にウェブサイト&プロジェクト『彗星読書倶楽部』を開始。2020年に合同会社彗星通商を設立。

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