「世界を変えた書物」展、確かにスゴかった。

9月8日〜24日まで上野の森美術館にて開催されていた、金沢工業大学による『「世界を変えた書物」展』。
2012年金沢・2013年名古屋・2015年大阪と、これまで3度開催されていた展覧会が、いよいよ東京に。

管理人が行ったのは最終日前日で、しかも入場無料ということも後押ししてか、凄まじい客入りでしたよ。

とはいえ。
「人文学を味方につける」というテーマを標榜している以上、これは行かねばなるまいなあ、と思い、会場に足を運びました。

結論を先に書くと、見事な展示の仕方でした。
一部、科学史の専門家からは疑問が呈されている、という噂も聴きますが、
博物館学を学んだ人間の眼には、ある意味でお手本のような特徴が2つありました。

さてそれを語る前に。

「世界を変えた書物」展

この空間に住みたい!!!

書物好きは、私とまったく同じ想いを抱いたに違いありません。

ここは入ってすぐの「知の壁」エリア。

並んでいる資料に一貫したテーマはありませんが、
よだれの出そうな稀覯本の散弾銃撃。
ウィトルウィウスの『建築十書』が4エディションもあったのには興奮しました。
人が多すぎて目視できなかったものに、アインシュタインの書簡と、ピラネージの版画があり、これはいまだに悔しい。
キュリー夫人の肖像画と直筆サインがあったんですが、あれは実にかっこよかった。撮影しとけばよかったかな?

知の流れを辿る、動線のシンプルな展示


「知の壁」の後、自然科学を中心にした書物が、どのような影響関係にあるのかを教えてくれる「知の森」エリアへ。

  • 「古代の知の伝承」
  • 「ニュートン宇宙」
  • 「解析幾何」
  • 「力・重さ」etc

といったテーマごとに、時系列で並んでいます。

この、衒いがなくて、しかも見る側が膝を打つような選び方が、私が注目した第一のポイント。
人間の知恵が、どのように前進していったのか、分野ごとに分かるようになっています。
小規模な展示だから眼の動線が分かりやすかったのかもしれませんが、お隣の国立科学博物館より何倍も理解しやすい。

(ただし、展示物がフラットに置かれているため、人が多いと、次に進むべき方向がわからない、という難点がありました。混雑率が予測を超えていたのかもしれませんね。)

退屈させずにシンプル性を味方につける、というのは、博物館にとって、極めて難易度の高い芸当です。
それが実現できていたのだから、展示としては、大成功していたと思います。
(細かい問題点は最後に書いときます。)

特に興奮したのが、9番目のテーマ「飛行」。
ドイツのリリエンタールが、コウノトリの飛翔を研究して航空工学を発展させ、
彼の論文の英訳を呼んだライト兄弟が有人動力飛行を成功させ、
アメリカのゴダードが液体燃料ロケットを孤独の中で研究した。

さて、その果てに生まれた書物は?
『スペース・シャトル・チャレンジャー号の事故に関する大統領調査委員会報告』。
有名な事件ですが、詳しくはこちら。

チャレンジャー号爆発事故

「これは人類への警告でもある」、という会場のキャプションの文面は、やはりというべきか、他のどれと比べても熱の入りようが違った。
(キャプション入りの図録、2017年に発売されて、今は売り切れみたい。再販されないかな……)

知の系譜を表現する驚くべきインスタレーション



会場の最後に姿を表すのが、この、ボードを組み上げた驚くべきチャート(?)。
古代ギリシャから始まった知の系譜を、足元が過去、頭上が未来、と対応させながら、すべての知が、内容的にはアインシュタインの一般相対性理論へと集約される、という見方を提示しています。

これが、注目した第二の点です。

体系的な知を、どのように表現するか。
これが、博物館が挑む、最大の問題なわけです。

これは、人間の知恵の流れを体感するための、きわめて斬新で上手な例だと思いました。
もっとも、このインスタレーションを企画したのは、金沢工業大学の方々でして、「お見事!」と喝采したくなるアイディアです。

鑑賞後、まとめ


冒頭に書いたように、凄まじい混雑具合でしたが、正直に言えば、かなり敷居の高い展示内容だったのでは? と思います。
ド素人は楽しめない、という意味ではなく、装丁を見るだけでも非常に興味深い書物ばかりだし、キャプションを読み進めれば、たとえ自分が明るくない分野でも、進化の様子がなんとなくわかるようになってはいる。
ただ、鑑賞者はキャプションを読むことに大半の時間を割いて、書物そのものを眺める時間はかなり少ない様子でした。
キャプション、もう少し大きくてもよかったかもしれませんね。

しかし裏を返せば、ヴィジュアルに訴えかけることで集客の勝負をする展覧会が多い中、

  • キャプションを読ませる
  • 歴史を読ませる
  • 知の体系の表現の仕方を読ませる
  • 読み取れる人なんて稀であろう文字を読ませる
  • 客層を読ませる

「読ませる」づくしの展覧会で、この直球勝負、非常に好感が持てました。
コマーシャルではない、入場無料だからこそ可能となった姿勢ですね。
まことに教育的な展覧会で、人をかき分けるくらいならと見るのを諦めた部分も多かったですが、じつに満足なイベントになったのでした。

EDITED BY

森大那

1993年東京都出身。作家・デザイナー。早稲田大学文化構想学部文藝ジャーナリズム論系卒業。2016年に文芸誌『新奇蹟』を創刊、2019年まで全11巻に小説・詩・批評を執筆。2018年にウェブサイト&プロジェクト『彗星読書倶楽部』を開始。2020年に合同会社彗星通商を設立。

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